« 多忙 | メイン | 運動会 »

Kさん追悼

10月1日未明 
私の大好きなKさんが亡くなられました。
 
 
肝臓がんでした。

 
 
 
長文のため、お時間の許す方、
彼のことを聞いてください。

彼は61歳でした。


私が独身の頃に勤めていた会社の先輩。

彼と一緒に仕事をしたのは6年間でした。 
 
  
彼には私と同い年の息子さんがいらっしゃるの。
ずっと昔に離婚なさって離れて暮らしてらっしゃったようです。

息子さんと同い年ということもあって
ホントにかわいがってもらいました。

大型のトラックの重量シート(破けにくいゴツイシート)ってね、
70㌔近くあるのね。

だから若い兄ちゃん達は嫌がって
ウイング車(自動開閉の屋根つきの荷台)に乗りたがるのよ。

 

彼と私は平ボディー(屋根なし)のトラック。
水濡れ厳禁の荷物だったから
毎日重いシートを2枚かけていたの。

冬になるとね、シートに雪が積もってさ、しかも凍るの。
シートをたたむ事さえできなくなっちゃうのね。
荷物を降ろすときなんてさ、シートの上に溜まった水や
雪や氷をほうきでキレイにおとさなきゃいけないのね。

そんなときも一生懸命仕事しました。

 
 
 
毎日毎日シートをかけ、
時には手積み手降ろしの荷物もありました。
 
 
長距離に行くときもさ、
無線でいろいろ人生相談したり、
冗談を言い合ったり、

時にはご飯をご馳走してもらったり・・・・・・。
 
 
  
  
私が入社したころ、ガリガリの私をみて、
絶対にシートをかけられないだろうって思ったんだって。

でも、私は晴れの日も雨の日も雪の日も
彼と一緒に必死で仕事をしたのね。

周りの若い兄ちゃん達はそういう苦労をみていないから、
私の仕事を楽な仕事だって陰口をたたいてた。


だけど、Kさんはちゃんと見ててくれた。
 
 
 
 
新年会や忘年会には、必ず私の横に座ってくれて、
陰口を言うやつがいたらぶん殴ってくれた。
 
 
 
 
  

 
 
私には歳が8つも下の親友「ゆきちゃん」がいるの。
ゆきちゃんはKさんの紹介で同じ会社に入社しました。
Kさんがね、いつもゆきちゃんに私のことを話していてくれたそうで、
ゆきちゃんもそれで不安だらけだったけど
トラックに乗る決意を固めたそうです。
 
 
ゆきちゃんはね、すんごくキレイな子でね、
だけど気取らないし、おおらかでしっかりしてて。
  
つらい時も楽しい時も私の支えになってくれる。
子供達と遊ぶときも一緒です。

保育園のいざこざの時もホントに支えになってくれたの。
 
 
 
  
ゆきちゃんとKさんとよく飲みに行ったなぁ・・・・・。
 
 
 
ゆきちゃんとめぐり合わせてくれたこと、
ホントに感謝しています。


ゆきちゃんと私はほぼ同時期に退職したの。 
子供達のことは「俺の孫じゃのう!」ってかわいがってくれました。



そして彼は定年をむかえて退職なさって、
飲み友達の代行運転会社のお手伝いをしていたそうです。


私もゆきちゃんも、自分のことで精一杯で
しばらくは連絡を取ってなかったんです。
 
 
 
  
そんな彼の入院を聞いたのは13日前。
 
 
すっとんで病院にいきました。

体格の良かった彼は骨と皮だけになってました。
そして強い痛み止めの張り薬を使用していたので
意識もありませんでした。


 
 
 
ものすごい衝撃でした。
 
 
相当痛かったろうに、
水も飲めなくなるまで病院にいくのを嫌がったそうです。
 
 
それでもあまりの痛さに動けなくなって
友人が3人がかりで病院へ引っ張って行ったそうです。
 
 
 
病院で診てもらった時には
もう全身に転移していて、
あと一週間もつかどうか・・・・・だったそうです。
 
 
お医者様いわく、普通なら痛さで気絶するぐらいの痛さだったろう・・・と
 
彼は息子さんや元奥さんに迷惑がかかるといけないからと、
ごく一部の友人にしか言わなかったそうです。
 
 
 
 
 
 
毎日仕事帰りに病院へ行きました。
ゆきちゃんと交代で意識のない彼の手を必死で握りました。
 
 
 
 
 

彼ともう話ができないんだとわかってても、
どうしても話したくて、
毎日声をかけ続けたの。
 
 
 
そして5日前
突然目を覚まして「コーラが飲みたい」って言ったそうです。
 
 
 
連絡をうけてすっとんで病院に向かうと
「おお!●●(私の名前)か!ゆきもおるんか!
孫は元気か?!はよ帰ってやらんと寂しがっとるぞ!」って。
 
うれしくてうれしくてたくさんいろんな話をしました。

 
 
でもね、帰り際にね、少し涙を流して
「帰るんか・・・・・寂しいのぅ・・・・」ってつぶやいてました。
すごく心苦しかった。

体が2つあればいいのにって本気で思いました。 

 
 
 
彼は実は知る人ぞ知る地元の893屋さんの幹部でした。

だからね、若い衆や兄弟分がきても、
「帰れ」って言うんだって。

つらい顔をしているのを見せたくなかったんだろうって。
 
  
私達が手を握ってるのを見て
若い衆が手を握ろうとすると振り払ってました(*≧m≦*)
 
 
 
 
2日間はホントに元気で、
起き上がることはできなかったけど、
「お水が飲みたい」「お茶が飲みたい」
って注射器で少しずつだったけど、
飲ませてあげたのね。 

 
そしたらね、
「男ばっかりで気のきくヤツがいなかった!」って。

みんなは、寝ながら飲むと気管に入るからダメなんだと
思ってたんだって。


そりゃコップで飲めるわけ無いじゃーん!!って笑いあったり・・・・・。 
 
 
若い看護婦さんがきたらね、
手をそーっと握ったり、冗談を言ったり・・・・。


ほんとに元気だった。

お医者様は「奇跡だな」って。
 
 
 
 
 
 
だけど、夜になると、痛くてつらくて一晩中うなっていたそうです。
3日前の夕方、顔を見に行くと薬のせいもあってぐっすり眠ってらしたの。

だから起こさずにしばらく手をにぎって、
「んじゃ子供達が待ってるから行くね」って帰宅したの。

 
 
その日の夜に眠るように逝ったそうです。

  
 
 
 
 
彼は若いときにはそれはそれは暴れん坊だったそうで、
彼の雪駄の音がするだけで
あまりの怖さにみんなサササーって逃げていったそうですよ。
 
 
 
 
私もよく連絡係をさせられたなぁ・・・・・。
 
 
「直接話をするなんて滅相も無い」って伝言を頼まれたり。

 
 
だけどね、ホントに面倒見が良くてね。
自分が貧乏くじをひいても相手のために何かをしてあげられる人でした。
 
 
 
みんなそんな彼の大きさに憧れてたの。
 
 
 
いつも角刈りにヒゲ。顔面凶器の彼だったけど、
とっても温かくて、優しくて、強い人でした。
 
 
 
 
  
 
今日は彼の葬儀でした。
本来なら親族しか入れないんだけど、
骨上げ、納骨、七日法要も出席させていただきました。
みんなでたくさんいろんな話をしました。
 
 
 
 
何十年ぶりに彼の息子さんがお見舞いにもきてらして・・・・ 
  
 
 

「僕の父ですから」と喪主も立派に務められました。
 
 
 
Kさんとそっくりで、歩き方や声もそっくりでしたよ。 
いつも息子さんのことを思っていらしたこと、
愛していらっしゃったこと、
息子さんに伝えました。 

 
 
 

そしてお見舞いに来てくれたあとうれしくて涙ぐんでらしたことも。

 
 
 
Kさんほど、頑固で、へんこで、怖い顔で、
優しくて、強くて、大きな人はいません。
 
 
 
 
  
 
私達がしてあげられることは何にもなかった。

もしも私やゆきちゃんが異変に気づいていたら
首根っこをとっつかまえてでも病院に連れて行ってあげられたのに・・・・・。
 
 
なんてことを、ゆきちゃんと2人で話しました。 
 
「ごめんね」と「ありがとう」と声をなんどもかけ、
最後のお別れをしてきました。
 
 
 
 
 
 
  
みんなもね、
身近な人がもしね、
体の調子が悪そうだったら
首根っこ とっつかまえて、病院につれて行って。


 
 
みんなみんな大切な人と一日でも長く過ごせますように・・・・・

 
 
 
  合掌

 
  
 
 
 
 
 
 

コメント (7)

3kママ:

つらかったデスね・・・。

ホントに大切な人ってなんで早く逝ってしまうのでしょうか・・・。

でも、きっとKさんは、最後までそばにいてくれたゆいまいさんに救われた事でしょう。
楽しい思い出を胸に天国へ旅立って行ったのですよ。

今はこれ以上何も言うことができません。何を言ってもつらいですよね。

お互い、
様々な人とのつながりとそれぞれの思いで生かされているのですよね。

残された私達ができる精一杯の事は、今を一生懸命生きるコトだけですよ。

つらい時はいっぱい泣いてもいいんです。

いっぱい泣き尽くしたら、また、がんばりましょう!

明日からも。

私も、ゆいまいさんに生かされている一人です。

少しでも心の支えになれるといいな・・・。


岐阜基地の翼:

こんばんは~。

言葉では、表現できないほどのい~っぱいの想い出があるのでしょうね!!

辛いですが、僕らは前に進まなければいけないのですよね・・・・。
今という時を大切にして!!!

ゆいまいさんとゆきちゃんがどれだけ彼を大事に思っていたか、そして彼がどれだけ大事に思っていてくれたか、すっごく伝わってきます。

年齢に関係なく大事な友人は友人。そんな関係って本当にすばらしいと思います。
人のほんの短い人生の中でなんてしょせん何もできないって思っちゃうよね。人の死を目の前にすると自分はどんだけ無力なんだろうって痛感させられるけど、それでこそ人間って生きていけると思う。
何も出来ないからこそ、何かやらなきゃ・・・ってその気持ちが大事なんだろうなぁって思います。

天国で元気に暮らせますように。
ご冥福を心より願います。

おかあちゃん:

そんなに大事にして下さった方に、
ゆいまいさんの綺麗な心が
出会わせて下さったのでしょうね。
Kさんはゆいまいさんの心の中に、
ゆきちゃんさんの心の中にも、
ずっとずっと一緒にいて下さるでしょう。
ふとしたことでKさんを感じられる日もあるでしょう。
いつでも見守っていて下さると思います。

めかず:

こんばんは。
Kさんに会った事ないですが、ゆいまいさんの心のこもったメッセージを読んだだけで、
なんか言葉にならない感情が伝わってきて、胸が痛くなりました。

大切な人って、いろんな場面で思い出したり、感じたりするよね?
Kさん、きっとゆいまいさんやゆきちゃんや孫?の事見守ってくれてるよ。

私の体験談なのですが・・・
私、カギっ子だったのね。同じカギっ子の親友が居たの。
今思えば、カップラーメンと飴ばっかり置いて行かれて、食べてた子だった。
結局その子、授業中に倒れて、そのまま目を覚ます事無く、10歳で亡くなっちゃった。
栄養失調だったみたいでね、お骨さ、挟めない程サラサラだった。
同じ寂しさをわかち合って過ごした親友だったから、私・・辛くて辛くて心が病んだっけな・・・。
そんな時期、毎晩夢に出てきてくれてね、かけっこしてた。
同じ夢を毎日毎日見ててね、目が覚めてまた寝ると続きが見れたの。
私がさびしがってたから、きっと来てくれたんだと思うな。
いつの日からか、夢に出てきてくれなくなった。全然。
私が乗り越えたから、成仏してくれたのかな?って、思ってます。

忘れられない人・・・亡くなっても大切にしたいね。

この記事がUPされてすぐ、携帯でベッドの上で読み、涙が出ました・・・。

大切な人を失った気持ち、よくわかります。
私は去年、姉が、数年前にとっても可愛がってくれた上司が亡くなっていたので・・・。

亡くなるまでの約2週間と、その後は言葉では言い表せない程辛い毎日だったろうね。
その間に、ゆいまいタンとメールで連絡を取ってた時はそんなそぶりも見せずに・・・。
楽しい文章の裏側では泣き顔のゆいまいタンが居たのだなぁ・・・と。

61歳じゃ、早い死だよね。
でも、最後にゆいまいタンとゆきちゃんに会えてKさんは幸せな時間もあったと思う。
生きてるうちに会えてよかったんだよ!
突然訃報が来て、「何?なんで?」って思うより最期を看取ってあげられたのは
きっと運命だったと思うよ。

いい人に巡り会えてよかったね。
Kさんやゆきちゃんの存在があってこそ、人一倍人情派のゆいまいタンが存在しているのだから。

早期ガン治療が出来なかったのが非常に悔やまれますが
強面で、心優しいKさんのご冥福を心よりお祈り申し上げますm(_ _)m

ゆいまい:

みんなありがとね。

ホントに泣いて泣いて泣いて泣いた。
でもね、私がしてあげられることは
最後のお別れをきちんとしてあげることと、
私がしっかり前に進むことかな・・・って思うの。
 
 
友人や、母を亡くして、
生きていれば、こうやって
大切な人を何度も見送らなければならないんだなぁ・・・・って痛感しました。
 
 
そして明日があるから・・・なんて思ったらいけないってことかな。
毎日を精一杯生きるって実はすごく簡単そうで難しいのかもしれない。 
 
元気になったKさんをみて明日もまた会えると思ったの。

奇跡だって言われてたのに明日も会えると思ったの。

命ってなんて儚いんだろう・・・・って。
 
そして尊いね。
 
 
 
 
 
 
 
★3Kママさん★
 
「明日があるって思える幸せな毎日」ってすごいことだよね。
 
今を生きるってきっとすごく大切なことだね。
 
 
 
 
★翼さん★
 
こんな時だったからよけいに
あなたの温かい気持ちがとってもとっても心にしみたの。
 
ほんとにほんとにありがとう。
大量捕獲の猫、近々発送しますね。
 
 
★たまコさん★
 
ありがとね。
ゆきちゃんがね、身近な人の死が初めてだったの。
だからね、なかなか受け入れられなくて、
お別れをするのも、
「なんで?いやだ。」
ってお通夜に来なかったの。

家で泣いて泣いて吐きまくってたの。
私は首根っことっつかまえて喪服に着替えさせて
「最後にしてあげられることを
精一杯してあげようよ」って
うずくまる彼女を無理やり葬議場まで連れて行きました。

 
 
まだ少し不安定なゆきちゃんなんだけど、
彼女にはまだ2歳の3番目ちゃんがいるから
きっと毎日の生活で自分を取り戻してくれると信じています。
 
 
 
 
★おかあちゃんさん★
 
うん。そだね。
昨日もね、Kさんの親友から℡があってね、
Kさんがいつも行ってた喫茶店で
コーヒーでも飲もう!って誘っていただきました。
そしてたくさんたくさんKさんのことを話しました。

こうやってまた大切な友人が増えていくのね。
とっても素敵な出会いを授けてくれたKさんに感謝します。
 
 
 
★めかずさん★
 
10歳・・・・・。
相当な衝撃だったでしょう?
大人でもツライ別れだもの。
まして親友だもん。
その子、めかずさんのこと大好きだったんだね。
 
 
ちゃんと天国からでも支え続けてくれたんだね。
素敵だね。
今は幸せに生まれ変わって、おいしいご飯、沢山食べてるよ。うん。 
 

私もね、子供達にお留守番させてるから、
なるべく手作りで頑張るよ。
 
 
 
★隊長★
 
大切な人であればあるほどホントにキツいよね。
 
この日は同時に小学校のときのスポーツ少年団のときのコーチのお葬式でもあったんです。
取り急ぎ控え室にいらっしゃるご家族に挨拶をして
Kさんの葬儀に向かいました。 
 
コーチの奥様は母と仲良くしてくださった方でした。 
 
 
 
ホントに体が2つあればいいのに・・・・
 
 
しばらくして先方が落ち着かれたら
あらためてご自宅にお花を届けようと思ってます。
 
 
 
私ね、ホントに明日もまた会えるって思ったの。
馬鹿だよね。
奇跡だって言われて安心しちゃったの。
すごく悔やまれてならないの。
 
 
 

 
 
今を生きるってそういうことなのね・・・・

 
 
 
 
ほんとにほんとに
みんなが大切な人と
一日でも長く過ごせますように・・・。 

 
 

 
 
 

 
 
 

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

About

2008年10月03日 22:00に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「多忙」です。

次の投稿は「運動会」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。